食に感ぜし頃私に食べる趣味はありません。もともと省エネにできています。少量をごちゃごちゃ言わずに、決められた時間に食べればそれでよいのです。○○サービスの定食がちょうど良いかもしれません。あてがい扶持を黙々と食べる。もっとも夜のつまみには、多少注文もありますが。真夏の庭に這いつくばって伸びている、ツメデヒョウという雑草があります。子どものときの記憶のままですから、本当はツメデ草かもしれません。茎の赤い多肉植物ですが、これをゆでて食べていた頃を思い出します。サツマイモの茎に似て、つるつるした舌触りでした。道の両側は耕されて、麦や芋が植えられ、誰もが食べるのに必死でした。車はほとんどありませんから、道も狭くて十分です。学校帰りに麦の穂をつんで、口の中でクチャクチャやると、チュウインガムのようになったものです。 家の庭はカボチャとサツマイモで占められていました。農林一号とか、いろんな品種がありました。形や味ですべて分かりましたが、もう忘れてしまいました。祖父が仕立てた菊の鉢で、庭中が埋め尽くされている写真がありますが、そんなものはとうの昔に消えていました。ダイコンやジャガイモやニラの花は可憐です。サトイモの茎やイチジクは、食べ過ぎると口中が大変でした。 進駐軍の大きな飛行機が飛んで来て、近所の修道院に食料を投下したことがありました。黒人が何人も(あんな人が住んでいたんだ!)屋根に登って、星条旗を振っていました。パラシュートがついているとはいえ、ドラム缶をつぎつぎと低空から落とすのです。修道院のコンクリート塀をぶち破ったり、あげくは民家を直撃して、娘さんが亡くなりました。それより何より、ドラム缶の中身が気になった時代です。 学生時代に、寮の炊事幹事を4ケ月だけしたことがあります。食費がタダになりました。寮生が二百人以上いて、食事も予約制ではありません。毎日の天候や曜日、奨学金の支給日などを考えて、何食分作るかが思案のしどころです。献立を考え、八百屋や魚屋に注文を出す。あとは賄いの人達がやってくれますが、大太鼓を叩いて食事開始を知らせること、みそ汁をよそうこと、さらに食券の偽造を見破ることも職務でした。 先輩からの累積赤字が相当の額になっていて、ツケの形で各商店に蓄積されていました。これ以上赤字を増やさないことが任期中の務めでした。食券は定額でも、献立てで大分コストが違います。赤字が溜まってくると、サンマ焼きかおでんを出して辻つまを合わせました。確実に黒字になるからです。今でもおでんは損したような気分になるので、好きではありません。ときどき○○サービスの献立を、じろりと見つめてしまいます。 どうしても値上げをしなければならないことになりました。朝夕で五円か十円の話です。それでも夜間、売店で出すかけそばが十五円の時代ですから、寮生のふところには響きます。値上げを通すための新規サービスに腐心しました。覚えているのは麦飯の麦の割合を減らしたこと、朝食の海苔の「面積」を増やしたことです。麦の量はほとんどコストに響かないことを確認し、もっともらしいへ理屈をガリ版で書きました。かくて値上げ案は一発で総会を通りました。 寮費を滞納している寮生の処分が議論されたことがあります。でも「この前、彼が中庭の野草をつんで炒めていた。」と言う者がいて、沙汰止みになりました。優しさがまだある時代だったのです。 宮沢賢治は、玄米と味噌と少々の野菜と言いました。田んぼでタニシを採り、どじょうをすくう。道ばたのスカンポをしゃぶり、野びるを引き抜く。そして夜は、ホタルが飛び交う小川に梁を仕掛けました。野坂昭如の「火垂の墓」、宮本輝の「蛍川」を読んだことがありますか。ホタルの大群が、火炎のように、あるいは光のおりとなって、一斉に飛ぶさまが描かれています。もとより作り話ですが、それでも満天の星の下で見たホタルには、そんなフィクションも似合いそうな気がします。 食を飢えとの対比で考えなくなったのは、何万年の歴史のうち、たかだか何十年でしょうか。しかも世界の何分の一かの民族だけです。テレビはグルメ番組で溢れ、男どもが厨房で、ウロチョロ演じています。太り過ぎに悩みながらせっせと食べ、そしてやせるために体をこわす。これが豊かさだというなら、豊かさとは、なんとまた貧しいものでしょう。 先日、昔食べたもので何がうまかったか、という話題になりました。私はアイスキャンデーといいました。自転車の荷台に赤い旗を立てて、チリリン、チリリンと売りに来るやつです。多少の大腸菌には目をつむります。どうです、麦わら帽子の少年が目に浮かぶでしょう。 黄金色に光る木いちご、ルビー色のゆすら梅、真っ黒に熟れた桑の実、鈴なりの甘柿、そしてカチカチのアイスキャンデー。ある時はカンカン照りの日差しの下、ある時はギラギラ燃えるような夕焼けの中で。そんな季節、季節の風景が、無上のぜいたくとして、今でもどこかに転がってはいないでしょうか。 追記 向田邦子の随筆に、 昭和10年ごろの中流家庭のお八つとして次のようなものが書いてある。 「ビスケット、動物ビスケット、クリームサンド、カステラ、ミルクキャラメル、グリコ、 ドロップ、茶玉、きなこ飴、金平糖、おこし、木の葉せんべい、氷砂糖、板チョコ、 かりんとう」と続き 「きりがないからこの辺でやめておく」というのである。 ほとんど縁がなかったのは、同年輩なら私だけのことではないだろう 10年後輩のギャップというか、その間にある戦争の酷さを感じるほかない。 ラグビー部30周年を祝うそうですか。30周年ですか。早いものですね。とにかくここまで続いたんだからたいしたもんだ。 けが人も思ったほど出なかったし、当事者には申し訳ないけれど。 すっかりご無沙汰してますが、今年は幾つかラグビーと縁があってね、 30周年だからかなあ、不思議なものです。 一つは、会社でラガーマンを採りそこなったんですよ。 先生の紹介もあったし、まず間違いないと思って 誰かに話したくてうずうずしてたんですけど、逃げられちゃった。 秋田の中学、高校とやってたというんだからね。 総研なら十分使えるんじゃないの・・・これは失礼。 さほどの成績ではなかったけれど、まあいいか、ということだったんだが・・・・。 東京の生活は自信がもてないといって、宇都宮の会社に行くことにした、だって。 ラガーマンがね、東京が怖いなんて情けなくて涙が出ちゃうよ、ホント。 二つ目はちょっとした縁談話ですけどね。 明大中野出身の男の妹だったんだけど、その兄貴というのがラグビーやってて、 北島監督に引っ張られたんだって。それを断って中央大学に進んだ という話を、親父さんから聞きました。 北島監督の引きを断る男もいるんだねえ。 それで今は、親父さんを継いで、履物屋をやっているんだよ。 店頭で見たけど大男でね、あれじゃあ商売の邪魔になるんじゃないかと思ったが、 結構女性のなじみ客がついているというんだから、世の中は分かりませんね。 ラガーマンとはさみは使いよう、なんてね、ハッハッハ。 最後。あそこに行ったんですよ、菅平。ラグビーと無関係ですがね。 小布施って知ってます?アメリカ女性が造り酒屋の女将に納まって 町おこしをやっているという・・・。まあいいか。 友達の運転でしたからね、任せっぱなしでいたらあそこでトイレ休憩。 まあ当然あそこを通ることにはなるんだけど、予期してなくてびっくりしました。 7月末だというのに閑散としていてね。 開会式なんかやるメイングランドではサッカーの練習をしてましたよ。 ラグビーは見かけなかったなあ。 国鉄工場から贈られた鉄輪に改めて触ったりしてちょっぴり感傷に浸りました。 雨上がりでひんやりしててね、小さな秋見つけた、なんてね。7月末じゃあ早いか。 去年はなかったんですよね、大会が。JR西日本に完敗したのを思い出すなあ。 今年は?そうですか・・・。なんとか続いてほしいね、町も期待しているでしょう。 まあ、そんなとこです、皆さんによろしくね。 原発の問題このページで原発必要性の有無を語るのは適当ではないだろう。あまりにも現実は重いし、正常に議論できる環境にないからだ。学者も勝手なことを言っているし、後出しじゃんけんや世論に迎合しているのではと思うことがある。一番がっかりしたのは電気学会雑誌の2011年5月号で、ナントカ研究機構の核融合科学研究所長が高温核融合発電所について、「2100年頃にはあちこちで実用しているだろう」と、能天気な巻頭言を載せていたことである。いやしくも電力に関する大本山の学術団体である。予定稿にしても即刻差し替えてしかるべきなのにあきれ果てた。 それでも以下のような本を読んで何がしかの勉強はしてきた。 「村上陽一郎 安全学の現在」「福井新聞社 神の火はいま」「J・R・チャイルズ 最悪の事故が起こるまで人は何をしていたのか」「武谷三男 フェイルセイフ神話の崩壊」「柴田俊一 続原子炉おせっかい学入門」「澤田哲生 誰でもわかる放射能Q&A」「武田徹 原発報道とメディア」「『新潮』45 2011年8月号 原発に炙り出された『日本』」「別冊宝島 世界一わかりやすい放射能の本当の話」「畑村洋太郎 未曽有と想定外」「ホイジンガ 常温核融合の真実」「佐藤一男 原子力安全の論理」「高木仁三郎 人間の顔をした科学」 。さらに以下の講演も聴いた。「大場恭子 福島原発事故を契機にプロフェッションの役割と責任を考える」「鈴木隆司 放射線(能)の話〜福島第一原発事故に関連して〜」 以前、岡田斗司夫氏(作家、アニメ制作者)は「失われた未来」の中でこう語っていた。「(かつて)原子力は正義の象徴だった。鉄腕アトムも原子力で動いていたし、水爆でヒマラヤ山脈を消し去ってユーラシア横断道路を造れとまじめに語られたこともあった。 しかし今、我々の中にそんな原子力に対する信頼とあこがれは微塵も残っていない。正義を失った我々に残されたのはヒステリックな反対運動と、猫なで声で必要性を訴える電力会社だけである。・・・・・・『日本の原子力産業に事故などあり得ない』日本最高の科学者たちは何度も繰り返していた。しかし、それはウソだった。」 とても2000年に出版されたものとは思えない。 折しも1999年に東海村で臨界事故が起きていたのだ。 こうした事故や岡田氏の指摘以降、我々はこれまで何にも学ばなかったし一歩も進んではいなかったのだ。総懺悔である。あまりに不毛な議論が長く続いたせいだと考えるのだ。 放射線放射線に関し鈴木隆司氏(都産業技術研究センターフェロー)によれば以下である。1 放射線測定器で測るのはシーベルト/時 シーベルトとベクレルを直接換算はできない(便宜的換算方法はある) 2 ベクレルは「有害ごみの量」で、分裂して他の物質に変わるまで変化なし。これは内部被ばくに関係する。つまり吸ったり食べたりした後の問題。マスクや洗浄等で防護 3 シーベルトはそこから四方八方に出てくる放射線なので離れるほど値が小さくなる。外部被ばくに関係する。皮膚を通過して入り込む。遮蔽は難しい 4 放射線の測定はシーベルト/時であるから短時間測って1時間当たりに換算するので、ある程度の測定時間を必要とする(時定数)。時定数は測定器により違う。一般的には10秒くらいのものを用いる。時定数の3倍くらいの測定時間を要する 5 測定値が平均するよう、ほぼ人体の中央付近を見るので、大人であれば地上1m付近、子供を対象とするなら40cmとか考えて測らないとならない 6 また子供のほうが放射線の影響が大きく、大人(17歳以上)の数分の1から10分の1で影響を考える必要がある 7 自然放射線(年間2.4ミリシーベルト)の半分はラドンである。特にコンクリートに多く含まれる。また4分の1が�樟�など医療機器によるもの。地球上では日本の10倍くらいのところもある。レントゲン撮影は1回0.05ミリシーベルト 8 核分裂でいろいろな種類の放射線が出るが、測定器はガンマー線に合わせて校正してある。アルファー線やベーター線は測られていない 9 現在の諸現象は水素爆発によりまき散らされたものであるから、爆発が二度と起こらなければこれ以上増えることはない。半減期(原子が1個1個ばらばらに分裂していくが全体の半分が分裂に至るまでの期間)に従って減っていくか、流れたり土壌に浸みこんだりして消えていく 10 一般人が年間限度値10ミリシーベルトで特殊技師が50ミリシーベルトというのは、子供も考えて一般人には低めにしているので、大人なら50でよいわけ 11 1ミリシーベルト上がればがんの発生率が5%高まる。しかし年齢が1歳上がればがんの確率もそのくらい高まる 理屈を考えて測定しないとならないので、素人が測定するのは結構大変そうだ。写真は原子爆弾効果計算尺。1960年代米軍。毎日新聞社提供。何をするものかというと原爆を落としたときにどれだけ効果があるかを調べるものだ。何時間後にどこまで進んでも安全かが分かるのだという。決して原発計算尺などできませんように。
| ![]() 原子力発電所のフェールセーフ(故障が起こっても安全に保つ技術)福島原発の「想定外」の事故には度肝を抜かれたが、それにもまして驚いたのは冷却用非常用電源のお粗末である。ディーゼル発電機が3台もろとも津波によって流されてしまったのである。非常用だというのに同じ建屋に並べてある。どういう「非常」が想定されていたのか不思議である。単なる停電を想定していたのであれば、それは予備電源とかいうべきもので「大事件のときに備える」ものではない。高い場所に設置しておけばよかったのに、と誰しも思う。冷却の前に、原発を止めるという大事な仕事があった。これはうまくいったのだ。制御棒駆動電源が失われても水圧で自動的に制御棒が炉心に挿入される。原子炉の中には制御棒が重力で下に落下して運転を止めるシステムもあり、これならより安心だ。これらを原子力関係者もフェールセーフと呼んでいる。ところが「止める」の次にくる、原子炉の安全のためには必須の「冷やす」ことがフェールセーフになっていなかったのである。 しかし全く考えられてなかったわけではないようだ。最も古い1号機にだけ非常用復水器とよばれる電源を必要としない冷却機能があったのである。冷却装置により炉内の圧力が急速に低下したためマニュアルにしたがって手動で非常用復水器を止めたそうである。その後全電源喪失時に動いたかどうかは分かっていないが、興味ある話である。一方2号機3号機には、崩壊熱で生じた水蒸気を利用してタービンを動かしポンプを駆動する原子炉隔離時冷却系というものが備えられていたという。どうも期待される性能を発揮できずに終ったようだ。どちらもフェールセーフに冷却できる機能として考えられていたわけである。万が一の故障においてそのフェールセーフ機能が生かされない。あってはならないことで、事故調査委員会で十分に究明してもらいたい。しかしこうした「非常用」が往々にして非常事に働かないことはよくあることである(畑村洋太郎「未曽有と想定外」)。 畑村氏はまた、地下500mに発電所を作り、万が一の場合はそのまま埋めてしまったらどうかとも提案している。水力発電所で地下深くに建設されているものがすでにある。そのまま放射性物質を閉じ込めてしまう。上から冷却水を流し込めば自然循環で冷却できる。これも立派なフェールセーフの考え方である。 「非常用」と名のつくものはめったに使われないから操作の訓練もあまりされないし、どういう機能で何のためにあるのかということも長年の安心の継続でおぼろげになってくる。まして「絶対安全」なら必要性が極めて薄いもの、あるいは不要なものとの認識があってもおかしくない。 ところで村上陽一郎氏の本の中で望月晴文元原子力安全・保安院次長は「まだ推進局とどこかでつながっていると印象もないことはない。もっと独立していいんじゃないかと思うが結論から言うと、安全規制行政の結果を見て評価すべきと思う」と語っている。この後東電のデータ隠しや漏洩のごまかしがあり法律改正で規制が強化された。しかし保安院はそのまま継続した。「方向性に誤りはなく、当初から意識されていた問題点を克服した」といっている。2003年初め時点の話だ。克服されていなかったことは御承知のとおりである。 常温核融合の真実 ホイジンガ 1993 日本語版19951989年二人の米電気化学者ボンズとフライシュマンが室温で核融合を持続的に起こすことに成功、1wの入力で4wの出力を得たとした。本物なら水や水素から無限にエネルギーを取り出せる。しかし発生熱に釣り合うべき発生中性子等について明確な説明がない。1992年に第3回常温核融合国際会議が名古屋で開かれ、トヨタ自販の資金で豊田稔氏が設立した先端テクノロジ開発推進会社テクノバ(1978設立)が支援した。.・バンケットでは病気の豊田氏に代わり京谷会長が挨拶を代読。. ・320名が参加し日本からは199名だった。ほとんどが常温核融合支持者。. ・NTT山口氏の発表によりNTT株含み値が8000億円上昇。. ・常温核融合の実験セットを子会社アドバンスフィルムテクノロジが56万ドルで発売。. ・日本では少数の頑固な情熱家達が通産省の250万ドルの予算と産業界の支持で「新水素エネルギー」という名をつけて推進。. ・有馬朗人氏は「もし本当なら坊主になる」と言ったが、会議後に「現段階では剃刀を用意する必要はなさそう」と語った。 ・通産省はこれまでも途方もない金のかかる各種エネルギー関連プロジェクトに助成 ・日本は欧州や米国と比べ常温核融合への忍耐度高いようだが、これはある面、文化の違いによるものだろう。極めて懐疑的科学者でも公然と批判することは避けたがる。正面切った解決を避ける日本的伝統のせいかもしれない。 (現在でも北海道大学など世界に約300名の研究者がいるといわれている). 1953年、ラングミュアは「病める科学」を「事実ではない事柄についての科学」と定義した。その症状を分析、診断基準として以下の6つを提案した。. (1) 観察された最大の効果すら検出限界ぎりぎりで、原因物質の量とほとんど無関係. (2) 効果が小さく統計的意味が小さすぎ、実験を何度も必要とする . (3) 実験には大変な精度が必要とするとの主張がなされる. (4) 経験に反する夢のような理論である. (5) 批判にはとってつけたような言い訳をする. (6) 当初は支持者が批判者の半分くらいいるがその後すぐに減少しゼロに近づく 今後日本で、エセ科学と同時にエセ工学ともいうべきものが出てこないか注意したい。 (1) 風力や太陽光発電、発光ダイオードなど省エネルギー、代替エネルギー関して (2) 地震予知に関して (3) 放射線予防低減対策に関して (4) 高温核融合の実現時期 (5) 万能細胞などバイオ関係 (6) 高温超電導関係 (7) 高効率ソフトウェアや高機能ソフトウェア (8) ロボットについて. 幸か不幸か、不景気と震災により余剰資金が溢れ返っていないことが、そうした詐欺行為の可能性を弱めてくれそうである。代わりに中国などにそのような動きが出て、だまされないか気がかりである。 総選挙と脱原発脱原発と消費税反対だけ唱えていれば勝てそうな選挙と、かなりの人が錯覚したのではないか。ふたを開けて見れば何のことは無い、そうは言わなかった政党のまるで一人勝ちである。これを民意と選挙とは違うと強弁する識者が結構いるから、世の中は回転していかない。もっとも回転したからといってそれがベストの政治ではないだろう。ポピュリズムが一番選挙に有効と、もし小沢氏が考えたのであれば、それほど大衆は馬鹿ではなかったと言うことだ。はやし立てたマスコミの責任、これまた極めて大である。それよりも、ウェブ時代にあっておのれの行く末でも考えてみたらどうなのだと、皮肉のひとつも言いたくなる。それにしても初めて投票所の立会人をしたが、来るのは老人ばかり。投票率が悪いのは最も被害を被りそうな若者である。これまで脱原発が一向に成果を得られなかったのは、反対だけで何らかの成果を少しでも得ようとする努力が不足していたからではないか。とにかくゼロでなければならず、それ以外の選択肢は一切拒否する。聞こえは良いがこれでは本気で進めようとする意志があるのかどうかさえ疑われるのだ。すっきりしていて気持ちが良いのと、苦渋の決断を積み重ねつつ、少しでも目的に近づけることとは、同じ反対でも全く逆の結果を生み出してしまうことさえある。それが総選挙だったのだ。 廃炉にするのは公共事業でしかできない。使われない道路でも多少は役にも立とうが、廃炉は誰も使わない更地ができるくらいなものだ。しかも高度な技術と大量の作業者が必要である。誰も使わない更地のために技術開発し働いてもらわなければならないのである。誇りある仕事とは思われない。それを誰かに押し付けようとしている。働く人の尊厳を少しは考えてもらいたい。 福島県民ならすべて脱原発だと思ったら大間違いだ。原発がないに越したことはないが、まずは現在の窮状を何とかしてくれ、20年後も30年後も関係ない、というのが県民の本音だと思う。若年失業者だらけの社会を何とかしてくれ、それあっての脱原発だというのがまっとうな世論なのではないか。インフレターゲットなど、ますます世の中を悪くするだけだ。これで失業率が下がり給料もインフレ分だけ上がるなど、どういう理屈か示してもらいたい。社会福祉を老人から若年層にシフトしてもらいたい。 そういう意味でも嘉田知事には失望を通り越す。素人にも分かる明らかな選挙互助会であるのに、小沢氏を操れるなんて大言壮語もよいところである。選挙から10日で分裂したのは、有権者を欺くどころか犯罪ものだ。謝って済むものではないだろうとは彼女のためにあるような言葉だ。だから学者はだめなのだ、とまたまた言われそうである。彼女に脱原発を吹き込んだ飯田哲也氏にも責任を取ってもらわねばならない。もっとも短期間に2度も選挙に落ちたから、当分は静かになるのだろうか。橋下知事など、とうに静かになっている。 ことほどさように脱原発と言うのは難しいものである。早急な脱原発で一番割を食うのは、インフレと同じく貧乏人である。電力料金がどこまで上がるのか考えてみればよい。石油はすべて海外から買わなければならない。しかも年々埋蔵量は減っていくのである。ホルムズ海峡が止まったらなおさらだ。 我が家の3kwの太陽電池は、何十万円もの補助金をもらい、二倍のお金で電力会社に買い上げてもらって、それでも12年で投資を回収できるかどうかである。実際にはメンテナンス費用(年1万5千円)がかかるし、保証期間10年が経てばおそらく修理や部分取替えも出てくるから、15年でも回収は難しい。技術開発で効率が2倍になったとしても、電力会社に当たり前の値段で買ってもらえる程度のことに過ぎない。技術開発が画期的に進んでさえ、ほぼ同じ回収期間がかかると思わなければならない。普及などおぼつかない。これが自然エネルギーの現実なのだ。(2012.12.30)
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