2枚の絵
ある画廊でのグループ展に一枚の絵が飾られた。
一人の男が薄い光の差し込む部屋で絵を描いているという、ほとんどモノトーンの油絵である。一心不乱に画作に没頭している姿が天井から射すわずかな光に浮かびあがる。神々しくもあり見ようによっては仏像かキリスト像のようにさえ見える。
部屋と言うのは信越線旧丸山変電所の一隅である。横川軽井沢間の急こう配区間の電気動力を賄っていたものだが、新幹線の開業で不要になった変電所で、今では廃墟のように朽ち果てるに任された建物だ。わずかな光と言うのは、実は破れたままの窓ガラスからの日光なのである。ここに描かれている人物が、実は4年前に亡くなられた宗像良幸氏であることが、作者の笹間宏氏により明かされた。約20年前に描かれた作品だ。
この絵を見た宗像夫人がその絵を所望された。笹間氏が進呈を快諾したのは言うまでもない。同じ絵画同好グループで一緒に机ならぬイーゼルを並べた間柄である。一心に絵を描く宗像氏に笹間氏の絵心が動かされたに違いない。どのように動かされたのだろう。動かす精髄こそが「モノトーンに浮かぶわずかな光」として表現されたに相違ない。
年を越して、宗像氏の遺作を偲ぶ個展が、宗像夫人により同じ画廊で開催された。ところが冒頭の絵と全く同じ角度、同じ構図で描かれた絵が、27点の中の一つとして飾られたのである。むろん宗像氏によるものだが、今度は人物が誰もいない。その代り天井のガラスの割れ間から紺碧の空とそこに浮かぶ真っ白な雲が見える。床も明るい日差しに照らされて窓の桟が映り出されて浮かんでいる。宗像氏の見つめた風景を笹間氏はそのまま、宗像氏の姿を加えたうえである種の抽象性を重畳して描き上げたわけである。
暗い空間に浮かぶ一人の絵描き。誰もいない静まり返った部屋から垣間見える白雲。故人と現存する人間との距離と幽明、その隙間をつなぐでもなく峻別するでもなく、2枚の絵の対比が微妙に比べ合い競い合って、何かを暗示しているかのようだ。
突然、「この絵をもらっていただけませんか」との言葉が夫人から発され、即座に「喜んでお願いします」との返事が笹間氏から返された。夫人は微妙な光に浮かぶ夫の面影を追い、笹間氏は廃墟の上の吸い込まれるような天空に故人を偲ぶ。2枚の絵により交わされる時空を超えた交歓が、亡くなられた宗像氏にはどのように映っているのだろうか。
それを知るべくはないものの、同じ現場を見ていていながら少しの絵心も湧かなかった自分には、なにかしら胸にこみ上げるものがあるとともに、ちょっぴり羨ましささえ感じたのだった。
(2016年1月19日)
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